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大阪地方裁判所 昭和55年(行ウ)106号 判決

大阪市平野区加美正覚寺二丁目七番三号

原告

田中祥晃こと 田中富蔵

大阪市平野区平野西二丁目二番二号

被告

東住吉税務署長

中村鐵

右指定代理人

一志泰滋

太田吉美

志水哲雄

熊本義城

岡本雅男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告が昭和五四年三月九日付でした原告の昭和五〇年分の所得税についての更正処分及びこれに伴う過少申告加算税賦課決定処分(いずれも被告の異議決定により一部取消されたのちのもの)を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告の昭和五〇年分の所得税についての課税経過は別表記載のとおりである。

2  被告がした右更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(いずれも被告の異議決定により一部取消されたのちのもの、以下本件処分という)には次の違法がある。

(一) 分離長期譲渡所得の額を不当に水増し、過大に認定した違法がある。

(二) 原告は昭和五〇年以降現在に至るまで、多額の負債を有し債務超過の状態が著しく、現在及び近い将来においてもそれらの債務を弁済するための資金を調達することが不能な状態にある。

このような場合には所得税法九条一項一〇号が類推適用され所得税を課されない。

原告は本件処分前、被告に対し前記確定申告における収入金額を単に増額変更するのみで、その納付すべき税額を右確定申告と同額である〇円とする旨の修正申告をなそうとしたが、被告はこれを拒絶した。右拒絶は国税通則法一九条、二〇条に違反する違法なものであり、原告の右修正申告を拒絶してなされた本件処分は違法である。

(三) 被告は、原告の昭和五〇年分の所得税について調査をしていたが、昭和五一年九月二〇日ころを最後に右調査を打切った。原告は右年度の所得については不問にされると思い、その後右所得に関する領収証等の資料を廃棄したところ、被告は約二年半を経過した昭和五四年三月九日に至り突然本件処分をした。

被告の本件処分に至るまでの右背信的態度により、原告は本件処分に対する反論、反証の機会を大きく奪われたのであって、本件処分は国税通則法一条、二四条に違反し、本件処分は権利の濫用である。

3  よって、原告は本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1項は認める

2  同2項はいずれも争う。

なお、同項(二)に関し、修正申告書は納税申告書を提出した者、更正又は決定の処分を受けた者らが、その法定申告期限後においてその申告、更正又は決定に係る税額が過少であること等を理由としてその税額を増額変更するために提出する納税申告書である。

ところが原告のいう修正申告は所得金額が〇円の申告で、税額等を増額変更する申告ではないから、原告が修正申告書を提出する理由は存せず、原告の右主張は失当である。

三  被告の主張

1  原告の昭和五〇年分の所得は別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)を譲渡することによって得られた分離長期譲渡所得のみであって、その内訳は以下のとおりである(措置法とあるのは昭和五四年改正以前の租税特別措置法の略、以下同じ)。

〈省略〉

2  右内訳の各明細は以下のとおりである。

(一) 譲渡収入金

譲渡収入金は次のとおりである。

〈省略〉

(1) 借入金の返済額

原告は、訴外大阪市加美農業協同組合(以下、加美農協という)に対し本件土地の一部または全部に根抵当権を設定し、昭和四八年八月二八日から昭和五〇年五月二日までの間に加美農協より借受けた金員が総額三、八〇〇万円(このなかには後記(二)の代位弁済金四五〇万七、六〇七円を支払うための貸付金を含む)に達した。

そこで根抵当権者加美農協は、その整理をするため、同年一一月一二日原告との間で代物弁済契約を締結した。その内容には、その時点での原告の借入金残高三、八〇〇万円とこれに対する利息二九三万四七四円(昭和五〇年四月一日から同年一一月一二日までの分)に、同日原告に対し新たに債務整理資金として貸付のなされた二、二〇〇万円を加えた合計六、二九三万四七四円の債務について、原告が本件土地をもって代物弁済するというものである。これに基づいて同月一四日所有権移転登記がなされ、さらに混同を原因として同月二六日根抵当権抹消登記がなされた。

(2) 覚書による受領額

暦告は、右代物弁済契約に基づいて所有権移転登記がなされた本件土地について昭和五〇年一二月八日付け覚書(甲第三号証の二)を作成し、改めて本件土地を八、九一〇万円と評価し、代物弁済における債務総額とされた六、二九三万四七四円との差額二、六一六万九、五二六円を、加美農協から同日原告名義(通称田中祥晃、以下同じ)の普通預金口座に入金を受けて受領した。なお、加美農協は、右預金のうち六九〇万六、〇二六円を諸費用分担金として原告の預り金とし、別途原告の普通預金口座に入金した。

ちなみに、右覚書において、加美農協が本件土地を処分した際、その処分代金が右評価額八、九一〇万円との間に差異を生じたときには、両者はその差額を清算する旨約されていた。

(3) 売買による清算金

加美農協は昭和五〇年一二月一八日訴外下枝昭美に対し、本件土地を代金合計九、二〇〇万円で売却した。そこで原告は、前記覚書の約定による清算金として、同月一九日一四三万二、〇〇〇円、昭和五一年三月三〇日一四六万八、〇〇〇円をいずれも加美農協から原告名義の普通預金口座に入金を受けて受領した。

以上合計九、二〇〇万円が原告の昭和五〇年分の本件土地の譲渡収入金と評価される。

(二) 譲渡がなかったものとみなす金額四五〇万七、六〇七円

原告は、訴外中村建設株式会社(以下、中村建設という)が大阪府中小企業信用保証協会(以下、保証協会という)の保証により昭和四五年五月三〇日九〇〇万円の借入をなす際、その保証として原告所有の大阪市平野区加美正覚寺二丁目二五二六番地の一宅地及び同地上建物につき保証協会に対し根抵当権を設定し、その登記を経由した。その後、債務者中村建設は、右借入金九〇〇万円の内四五〇万円について弁済したのみであったため、保証協会が弁済期限の同年一一月三〇日残債務四五〇万円等を代位弁済した。そこで原告は、右代位弁済額残元金四五〇万円及び支払利息七、六〇七円を昭和四八年九月一八日保証協会に弁済した。債務者中村建設は倒産し、原告は右債権の全額につき求償権の行使ができないので所得税法六四条二項に該当し、右金額については譲渡がなかったものとみなされる。

(三) 概算取得費控除四六〇万円

本件土地の譲渡収入金九、二〇〇万円に措置法三一条の三により定められた五パーセントを乗じて算出される。

(四) 建物等の取得費一、五七〇万円

本件土地の譲渡に際し、その土地の上にある建物等を取壊しまたは除却した時における当該資産につき、所得税法施行令一四二条(必要経費に算入される資産損失の金額)の規定に準じて計算した金額は次のとおりである。

〈省略〉

(1) 建築費用

原告は前記中村建設との間で、昭和四五年四月一六日に本件土地の上に建物を新築する工事を〈1〉工期同月二〇日までに着手し、着手の日から一六五日以内に完成する〈2〉代金四六五〇万円、内金一、〇〇〇万円は契約成立時に、内金一、五〇〇万円は上棟時に、残金二、一五〇万円は木工事完了時に一部、完成後に残額全部を支払う約定の請負契約を締結したが、中村建設は昭和四五年七月下旬同建物の一階のコンクリート打ちをして二階の鉄筋と屋上の仮枠を組んだ状態で上棟に至らず倒産した。

そこで原告が訴外株式会社大豊不動建設代表取締役向田豊に右建物の中断時に於ける出来高査定を依頼したところ、その査定額は一、一九〇万円であった。

そして、原告は右請負契約による手付金一、〇〇〇万円を昭和四五年五月二九日中村建設に支払っているが、原告の中村建設に対する支払額は右出来高査定額を上回ることはない。したがって、右建築中の建物の建築費用は一、一九〇万円となる。

(2) 内装工事費

原告は前記(1)の建設中断の建物を倉庫に改装するため、昭和四九年三月ころ訴外武久工務店に内装工事を依頼し、その工事代金として昭和五〇年一二月八日同工務店に対し一七五万円を支払った。

(3) 設計費用

原告は前記(1)の建物の建設設計を訴外丸子建設設計事務所に依頼し、その設計費用として同建設事務所に一〇〇万円を支払った。

(4) 煙突の構築価額

本件土地の譲渡に際しその土地の上に煙突が構築されており、前記(1)の建物と共に取り壊されているが、同煙突の構築価額は五五万円である。

(5) 整地費

前記(1)の建物を新築するためにその敷地に存していた旧建物の廃材・基礎等を整理しているが、その費用が五〇万円かかっている。

(五) 譲渡費用三五九万〇、八〇〇円

本件土地譲渡に関した金額は次のとおりである。

〈省略〉

(1) 建物撤去費用

原告は、譲渡を目的として本件土地上の建物等を取り壊した後整地等を行なっているが、その費用として二二〇万円を訴外南野工務店に支払っている。

(2) 登記費用

本件譲渡による所有権移転登記のため、本件土地の分筆手続等の費用として訴外荒平土地家屋調査士に支払った一三万円及び所有権移転登記費用等として訴外稲毛司法書士に支払った八六万五、八〇〇円である。

(3) 不動産取得税

本件土地の代物弁済は処分清算型であるので、原告・加美農協間の所有権移転に要した不動産取得税三九万五、〇〇〇円は譲渡に要した費用となる。

3  以上、原告の昭和五〇年分所得は六、二六〇万一、五九三円となり、本件処分における所得認定額を上まわるから、被告がした本件処分には原告の所得を過大に認定した違法はない。

四  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張2項(一)のうち(1)ないし(3)の事実はすべて認めるが、そのすべてが譲渡収入金であるとの主張は争う。

2  同2項(二)は認める。

3  同2項(四)の建物等の取得費の合計額が一、五七〇万円であるとの主張は争う。より多額である。

4  同2項(五)は被告主張の譲渡費用が存することは認めるが、その他にも譲渡費用に算入されるべきものが存する。

五  被告の主張に対する原告の反論

1  譲渡収入金について

(一) 借入金の返済額について

厚告は、昭和五〇年一一月一二日当時加美農協に対し負っていた借入金及び利息債務六、二九三万四七四円の債務の代物弁済として、本件建物を同農協に対し譲渡したのであって、現実に右金額を受領したわけではない。そうだとすれば右金額を譲渡収入金に算入することは許されない。

(二) 覚書による受領額について

(1) 前記代物弁済契約はいわゆる処分清算型ではなく、原告は加美農協に対し清算金等の交付を要求しうる法的権利を有していなかったのであるから、被告主張の覚書による受領額金額は加美農協が本件土地の対価としてではなく全くの温情により原告に支払ったものであって、それは一時所得と評価されるべきものであり、譲渡収入金に算入すべきものではない。

(2) 右覚書による受領額のうち、加美農協が諸経費分担金(遅延損害金、建物撤去費用等)として別途原告の普通預金口座に入金した前記六九〇万六、〇二六円についは、現実に原告が右金額を受領したわけではないから、譲渡収入金に算入することは許されない。

(三) 売買による清算金について

(1) 右覚書による受領額同様、本件売買による清算金全額は一時所得と評価されるべきものであり、譲渡収入金に算入すべきものではない。

(2) 本件売買契約による受領額のうち、昭和五一年三月三〇日受領分の一四六万八、〇〇〇円は、前記のとおり一時所得であり、また仮に譲渡所得と解するにしても、右受領日である昭和五一年三月三〇日所得が確定したものとしてその課税時期は昭和五一年であると解すべきであって、昭和五〇年分の原告の収入に算入すべきではない。

2  譲渡費用について

(一) 原告は前記のように、本件代物弁済契約を締結するために、新たに加美農協より二、二〇〇万円を借受けているが、それに要した諸費用(借用証書貼用印紙代、公正証書作成費用、所有権移転請求権仮登記・根抵当権設定登記・同変更登記等の費用)は本件土地譲渡の費用に算入されるべきである。

(二) 原告が代物弁済契約により加美農協に対し支払ったこととなる借入金に対する利息四三六万五、七五五円(昭和四八年八月二八日から昭和五〇年三月三一日までの分)及び二九三万四七四円(同年四月一日から同年一一月一二日までの分)は本件土地譲渡の費用に算入されるべきである。

(三) 原告が加美農協に支払った遅延損害金四〇万六、〇二六円(昭和五〇年一一月一二日から同年一二月八日までの分)も(二)の利息と同様本件土地譲渡の費用に算入されるべきである。

(四) 原告が加美農協に対し支払った本件土地の固定資産税(昭和五〇年一一月一二日からの分)についても本件土地の譲渡費用に算入されるべきである。

六  原告の反論に対する被告の再反論

1  譲渡収入金額について

資産の譲渡による所得に対する課税は、年々の資産の値上りによって蓄積されつつその資産の所有者に帰属していく増加益を所得とし、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するときに、この増加益が一挙に実現するものとみて、その機会にこれを清算して課税する趣旨のものである。

そして、譲渡所得の総収入金額に算入すべき金額はその年中において収入すべき金額である(所得税法三六条一項)とされている。

右のような譲渡所得の課税の趣旨及び所得税法三六条一項の趣旨からすると、資産を譲渡することによって取得する反対給付(それは経済的・実質的に把握される)は、それがどのような支払方法を採られたとしても、その譲渡した資産に蓄積し内在していた値上りによる増加益が具体化したものとみられるかぎり、譲渡所得の総収入金額に算入されることになる。

本件において、原告は、加美農協と金銭消費貸借契約を締結するに際し、その債務の担保として、本件土地について根抵当権を設定するとともに、代物弁済の予約を締結し、その後これらの債務を整理するため、昭和五〇年一一月一二日代物弁済契約を締結したものであるが、右代物弁済は原告及び加美農協間の契約書等より処分清算型であることが明らかである。

そうすると、原告は、本件土地を代物弁済することにより、九、二〇〇万円相当の経済的・実質的利益を利得したのであり、しかも、その九、二〇〇万円相当の利益は本件土地に蓄積し内在していた値上りによる増加益が具体化したものとみられる。

そこで、本件における借入金の返済額、覚書による受領額及び売買による清算金はすべて本件譲渡の収入金額とすべきであって、たとえ原告がその実現した九、二〇〇万円相当の利益の一部である一四六万八、〇〇〇円を昭和五一年三月に収受したとしてもその収受する権利は昭和五〇年中に発生していたものである以上、昭和五〇年分の譲渡の収入金額と評価することは何ら差支えがない。

2  譲渡の費用について

譲渡所得は前述のとおり、資産の保有期間中に発生している資産の値上りによる増加益が譲渡行為によって実現したときに所得としてとらえるものである。したがって、その資産の譲渡に際して支出した仲介手数料・登記に要する費用その他譲渡のために直接要した費用と譲渡収入金を増加させるために支出した費用は譲渡所得に対応するものであるから譲渡費用として譲渡所得の計算に際し、譲渡収入金額より控除して譲渡所得を算出するのである。

そうすると、原告主張の借入金に要した諸費用及び支払利息等は右述の譲渡のために直接要した費用にもまた譲渡収入金を増加させるために支出した費用のいずれにも当たらないのであるから、譲渡費用として控除することはできない。

第三証拠

一  原告

1  甲第一号証、第二号証の一ないし四、第三号証の一ないし五、第四号証の一ないし四、第五号証の一、二、第六ないし第一一号証、第一二号証の一、二、同号証の三の一ないし一一、第一三ないし第一六号証、第一七号証の一、二、第一八号証の一、二。

2  乙第二号証、第三号証、第六号証、第七号証、第一二号証、第一三号証の成立は認める(乙第三号証、第七号証は原本の存在も認める)。その余の乙号各証の成立は知らない。

二  被告

1  乙第一号証の一、二、第二ないし第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二ないし第一四号証。

2  証人熊本義城

3  甲第一二号証の二、第一八号証の一の成立は知らない。その余の甲号各証の成立は認める。

三  職権

原告本人。

理由

一  請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。

二  まず原告の所得について判断する。

1  譲渡収入金について

(一)  被告の主張2項(一)(1)ないし(3)の事実はすべて当事者間に争いがない。

そこで、右事実に基づき原告の譲渡収入について検討するが、譲渡所得に対する課税は資産の所有者がその保有資産を譲渡するのを機会にその保有期間中の増加益を清算し、これに課税しようとするものであって所有がその保有資産を譲渡することによって得られる反対給付は、それがどういう形をとるにしても、実質的、経済的にみてその保有期間中の増加益が譲渡により具体化したものと評価されるかぎり、譲渡所得の総収入金額に算入されるべきものと解されるから、以下の各項目ごとに譲渡所得性について判断する。

(二)  借入金の返済額について

原告が加美農協に対し本件土地を代物弁済することにより、原告が負担していた借入金等の債務が消滅し、これが本件土地を譲渡することによる反対給付を得たことになることは明らかである。

そして、原告の代物弁済による右債務の消滅は、実質的、経済的にみて原告の本件土地の増加益の実現にほかならないから、本件土地の代物弁済に際し原告が加美農協から現金を現実に受領した額のほか、消滅した債務の全額も本件土地の譲渡による総収入金額に算入されるべきものである。

(三)  覚書による受領額及び売買による清算額

原告は右金員が本件土地の対価ではなく、一時所得と評価されるべきものである旨主張する。

ところで、譲渡代金の追加払いがされた場合、譲渡契約当初定められた代金が契約当時の時価に比べ相当範囲内の金額である場合には、譲渡人はすでに右代金により十分な対価を得ているものと考えられるから、それを超える譲渡代金の追加払いによる金員は、一時的、偶発的利得として譲渡資産の対価としての性質を有せず、一時所得と評価されるものと解されるが、これに対し、譲渡契約当初定められた代金が契約当時の時価をかなり下回わることが明らかであり、譲渡代金の追加払いがその差額を補填する趣旨でなされた場合は、譲受人が追加払いをする法的義務を負っている場合は勿論、必ずしも追加払いをする法的義務を負担していない場合であっても、追加払いされた金員について譲渡資産の対価としての性質を有するものと認め、譲渡所得と評価される場合があるものと解される。

本件についてこれをみると、原告及び加美農協は、本件土地について昭和五〇年一一月二〇日付代物弁済契約を締結し、これを原因とする移転登記を経由した後である同年一二月一八日に至り、改めて本件土地を八、九一〇万円と再評価し、さらに加美農協が本件土地を処分した際、その処分代金が右評価額との間に差異を生じたときには、互にその差額を清算する旨の合意をしたこと、原告は右再評価額と前記債総額との差額二、六一六万九、五二六円を同日加美農協から受領したこと、加美農協は昭和五〇年一二月一八日訴外下枝昭美に対し本件土地を九、二〇〇万円で売却し前記清算の合意に基づいて原告に対し右清算金合計二九〇万円を支払うこととし、原告は同年一二月一九日一四三万二、〇〇〇円、昭和五一年三月三〇日一四六万八、〇〇〇円の二度に分割して受領したことは前記のとおりであるが、とりわけ加美農協が本件の代物弁済契約締結後原告に対して有していた債権の帳簿上の整理を急ぎ、本件土地取得後その土地処分による利益を考えることなく下枝昭美に対する売却及びその清算の計算関係をわずか一か月余りの期間で行っているという事情からみて、本件土地の代物弁済契約当時の時価は、加美農協が下枝昭美に売却した代金九、二〇〇万円とみるのが相当で、原告が本件土地の代物弁済によって消滅させた債務総額六、二九三万四七四円をかなり上回わっていたことが明らかであること、前記覚書による受領額二、六一六万九、五二六円及び売買による清算金合計二九〇万円は、いずれも本件土地の時価と代物弁済契約締結当初予定していた価格との差額を補填する意味をもってなされたものごとを認めることができる。

そうすると、右覚書による受領額及び売買による清算金は、本件代物弁済契約が当初より本件土地転売の際に清算することを予定していたか否かにかかわらず、いずれも譲渡資産の対価を有するものとして譲渡所得と評価されるから、本件土地の譲渡による総収入金額に算入されるべきものであり、別途一時所得として扱われるべきものではない。

(四)  ところで前項の受領金員に関し、いずれも成立に争いがない甲第三号証の二、三、第一三号証及び弁論の全趣旨によれば、加美農協は原告が負担すべき諸費用を預り金として別途原告の普通預金口座に六九〇万六、〇二六円を入金し、これを原告が負担していた遅延損害金債務、本件土地上に建っていた建物について未払金、撤去費用、本件土地の所有権移転に要する諸費用、本件土地の固定資産税及びその他本件土地処分に要する費用につき、加美農協がその弁済を受け、あるいは原告に代わって第三者に支払い、本件土地の所有権移転に要する諸費用等金額が未確定なものについては後に清算する旨の約定がなされていたこと、加美農協は右約定に基づき原告より遅延損害金の弁済を受け、原告に代わって第三者に対する負担金の支払いをした後の昭和五一年五月一四日剰余分及び利息八七万一、二四七円を原告に支払ったことが認められる。

右事実によれば、原告の前記六九〇万六、〇二六円の預金は、原告の加美農協、第三者に対する債務の弁済に充てられ、あるいは原告が最終的に受領するという形で原告に利益が帰属しており、右利益は本件土地の譲渡による反対たる性質をもつものと解されるから、右金額も総収入金額に算入すべきものである。

(五)  なお、原告は前記売買による清算金二九〇万円のうち一四六万八、〇〇〇円について、それを受領した昭和五一年三月三〇日の属する年度の所得とすべきである旨主張するが、右金員は原告と加美農協との前記清算の合意に基づくもので、加美農協が下枝昭美に対し本件土地の売買契約を締結した昭和五〇年一二月一八日清算金二九〇万円全額について清算金請求権が確定したと認められ、所得税法は収入がどの年度に帰属するかについていわゆる権利確定主義を採っているから(三六条一項)、昭和五一年に受領した分も含め、右二九〇万円全額が昭和五〇年の収入金額に算入されると解される。

(六)  以上(二)(三)の合計九、二〇〇万円が原告の昭和五〇年分の本件土地譲渡による譲渡収入金である。

2  譲渡がなかったものとみなす金額について

被告の主張2項(二)の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第一二号証の三の二並びに弁論の全趣旨によれば、原告が代位弁済した四五〇万七、六〇七円の資金は加美農協から借入れたもので、その借受金債務が前認定の本件の代物弁済によって消滅した債務に含まれていることが認められるから、所得税法六四条二項により四五〇万七、六〇七円は譲渡がなかったものとみなされる。

3  概算取得控除について

本件土地の譲渡収入金額が九、二〇〇万円と認められるから、措置法三一条の三により概算取得費控除額は四六〇万円となる。

4  建物等の取得費

被告は、被告の主張2項(四)記載のとおり建築費用、内装工事費、設計費用、煙突の構築価格及び整地費合計一、五七〇万円を建物等の取得費として自認、計上しており原告は建物等の取得費として右金額を上回わる主張をしているが、本件の全証拠を検討しても被告の主張を上回わる金員の支出を認めるに足りる証拠はないから(この点に関する原告本人尋問の結果は具体性に欠け、信用できない)結局右一、五七〇万円をもって建物等の取得費と認める。

5  譲渡費用

(一)  被告の主張2項(五)記載の事実は当事者間に争いがない。

(二)  譲渡所得の計算にあたり、収入金額から控除しうる譲渡費用とは、譲渡を実現するために直接必要な支出及び譲渡収入金を増加させるために支出した費用に限られるものと解されるところ、原告が(一)記載の譲渡費用のほかに譲渡費用として控除すべき旨主張する本件の代物弁済契約締結に際し新たに加美農協から金員借入をなすのに要した公正証書作成費用等の諸費用、原告が加美農協に対し支払った借入金に対する利息及び遅延損害金、本件土地の固定資産税は、いずれも本件土地の譲渡を実現するために直接必要な支出あるいは譲渡収入金を増加させるために支出した費用のいずれにもあたらないから、右各金額を譲渡費用として控除することはできない。

(三)  したがって、本件土地の譲渡費用は当事者間に争いがない(一)の事実による三五九万〇、八〇〇円である。

6  そこで、原告の昭和五〇年分の所得は、1で認定した譲渡収入金九、二〇〇万円から、2の譲渡がなかったものとみなす金額、3の取得費、4の建物等の取得費及び5の譲渡の費用と、さらに措置法三一条二項の特別控除額一〇〇万円を差し引いた六、二六〇万一、五九三円となる。

そうすると、原告の昭和五〇年分所得は、本件処分における所得認定額を上回わることになるから、被告がした本件処分には原告の所得を過大に認定した違法はない。

三  原告は、原告が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であるから、所得税法九条一項一〇号が類推適用され、所得税は課されない旨主張するが、同条項が資力を喪失して債務を弁済することが困難な場合一般につき類推されるとは解されないから、原告の本件土地の譲渡による所得が非課税となるものではない。

更に原告は、被告が原告のなそうとした修正申告(但し収入金額を単に増額変更するのみで、納付すべき税額を確定申告のそれと同じ〇円とするもの)を拒絶してなした。

本件処分は国税通則法一九条、二〇条に違反して違法である旨主張するが、同法一九条一項によれば、納税申告書を提出した者が修正申告書を提出しうるのは、税額に不足があるとき等同条一項一号ないし四号に定められた事由が存する場合に限られるのであるところ、原告のなそうとした修正申告自体右各号に該当しないことは明らかであるから、右修正申告が右各号に該当することを前提とする右主張も失当である。

四  原告は、本件処分が国税通則法一条、二四条に違反し、権利の濫用である旨主張するが、本件処分がなされるに至る経緯として原告が主張する全事実によっても、更正の期間制限(同法七〇条)を遵守してなされた本件処分が前記各条項に違反し、あるいは権利の濫用であると判断することはできず、原告の右主張は理由がない。

五  以上の次第で、被告がなした本件処分は適法であり(過少申告加算税の賦課決定にも違法な点はない)、取消原因は認められないから、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 志水義文 裁判官 井深泰夫 裁判官 西野佳樹)

別表

〈省略〉

(注)単位は円。年号は昭和。

物件目録

大阪市平野区加美北八丁目八七番三

一 宅地 三九九・一五平方メートル

同所同番四

一 宅地 六九四・二四平方メートル

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